135年の横浜女学院の中で、
女学院生達はどのような変遷を辿ってきたのか。
親子で横浜女学院生として輝き、
今なお“襷”を継ぎ続ける彼女らの姿に迫る。

H・Tさん

高校2年 A組

二代女学院

1978年卒 30期  K・Tさん
2010年卒 61期  R・Tさん

先代から知る横浜女学院の姿

受け継がれる、一人ひとりを大切にする「愛と誠」の教育

私が横浜女学院に通っていたのは、もう40年以上前のことです。親となり、娘2人もお世話になって改めて感じるこの学校の素晴らしさは、生徒一人ひとりを大切にする教育です。当時を振り返ると、先生から日々掛けられた「頑張っているね」、「この頃どう?」といった言葉が浮かびます。毎週の小テストなどでも、結果だけでなく取り組む姿勢を評価してくださいました。勉強が苦手な生徒に対しても、その子のよさを認めて声をかけ、少しでも点数が伸びるととても喜んでくれました。
また、先輩後輩の垣根なく生徒の仲がよいことも昔からの校風。私が所属していた卓球部では、合宿にOGの先輩がたもたくさん来てくれました。共に練習で汗を流し、和気藹々と夕飯づくりをしたことなど、とても楽しい思い出です。
時代の流れに沿って、例えば海外セミナーが増えるなどの変化はありますが、キリスト教の精神に基づく「愛と誠」の教育は変わることなく受け継がれていると思います。大人へと成長するもっとも大切な時期、娘にはこの恵まれた環境で、自分の長所を伸ばし自己表現の力を身につけると共に、己の短所や弱さを認め、向き合いながら、他者を思いやれる大人に成長してほしいと願っています。

1978年卒 30期  K・Tさん

受け継がれる襷

生徒が自ら考え、問題に取り組む機会を与えてくれた先生

中高6年間の学校生活で一番の思い出は、多くの友達、そして先生がたとの出会いです。クラスだけでなく、クラブや委員会などさまざまなつながりがありました。コーラス部で、練習の合間に友達と他愛のないおしゃべりに興じたことなども、懐かしく思い出されます。
とりわけ印象深いのは、委員会活動。先生から「あなたたちは学校の顔」と言葉をかけられて心が燃え、生徒会と委員会が力を合わせて学校行事を盛り上げました。委員会活動では、問題にぶつかることもありましたが、そうした時に、先生に相談したからといって、すぐに答えをくれませんでした。生徒が自分たちで解決策を考え、試行錯誤しながら問題に取り組む機会を与えてもらっていたのです。その経験のおかげで、社会人となってからもまず自分で問題に向き合い、自分なりに考えたうえで、上司に報告や相談をする姿勢を身につけることができました。
今、在校生である妹を見ていると、私が通っていた頃よりもさらに日々の勉強に力を入れているように感じます。中学のうちに計画的な学習方法を身に付けることはとても大切だと思います。また、礼拝の改革があり、祈りの日などより深くキリスト教の精神を学べる変化も幸いだと思います。

2010年卒 61期  R・Tさん
進学大学:関東学院大学
就職先:保育園

自らが目指す横浜女学院生の姿

他者に寄り添う姿勢に感銘を受け、将来の目標を定める

私が母と姉の母校である横浜女学院への入学を決めたのは、母や姉から先生がたとの距離が近く、なんでも親身になって相談にのってもらえることや、個性豊かな一生の友達と出会えるという話を聞いたためです。また、実際に体育祭や文化祭などの学校行事を通して、姉がとても楽しそうに生き生きと活躍している姿を見ていたことも大きな理由です。私も姉のように素敵な先生がたやたくさんの友達と一緒に、この学校で学び、成長したいと憧れるようになりました。
入学後は、母や姉から聞いていた通り、たくさんの友達に囲まれ、毎日楽しい学校生活を送ることができています。そして、先生がたが、生徒一人ひとりにしっかりと向き合い、生徒に寄り添ってくださるという話も、その通りでした。生徒が誰でも気軽に職員室を訪れて先生と話ができるアットホームな関係は、私が本校の一番のよさだと感じる点です。
私の将来の目標は、横浜女学院の先生のような教師になることです。校長先生がいつも口にされる聖書の中の言葉、「喜ぶものとともに喜び、泣くものとともに泣きなさい」を胸に、毎日明るく前向きに過ごし、助けが必要な人には手を差し伸べる教師を目指して、これからも日々、努力していきます。

高校2年 A組   H・Tさん